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2011.09.09 新生活
新天地で新しい生活が始まりました。


引越しはやっぱり、面倒くさくて、疲れる(^^:)

梱包は引越し屋さんがやってくれるとは言え、梱包してもらうための
仕分け作業。
これまでそのパターンで落ち着いていたものをスパっと
断ち切らなければならないことのストレス。

次の土地へ持っていくもの、持っていかないもの
(持っていきたいけど広さの点で諦めたり)の分別、
それぞれの処分方法を考えて実行して、
船便、航空便、手荷物に仕分けする頃には、もう何だかよく分からなく
なってきて頭も十分に働かず、
移動して新居に入ってみれば、
細々としたもので「あれ?あれがない」「これがない」と、
小さなストレスがちょこちょこ。


しかし、一番のストレスは、あれですね。

子供たちがまだ学校に通えない・・・
(いつから通えるかも現時点で確定しておらず)


”ストレス”なんて言ってしまうと、子供たちに失礼とは思いますが、
でも、ここまで来ると、ぶっちゃけそれが本音で・・・

6月初旬に夏休みに入って以来、3ヶ月以上、まだ夏休みが続いています。
(アメリカの小学校に4日だけは通いましたが)


長すぎ!
いい加減、もういいわ!!


必要書類の正式な発行に、見込んでいたよりも時間がかかっているのが
原因なんですが。

遊び呆けて、彼らの頭もどれだけトロけていることか。
(数ヶ月前から、2人とも漫画をよく読むようになり、日本語や英語の
漫画で時間を潰していることが多い)


そんなことはありつつ、必要最低限のものを買出しに出かけて、
また私たちの新生活を一から立ち上げていく感じは、楽しくもあり。


生活するのには以前住んでいた街よりも、日本人にとって断然便利な
土地ですし、子供たちも、初めての国、初めての(日本以外の)アジア文化圏の
環境で、初めて見るもの、体験するものに、驚いたり、楽しんだりしながら、
どんどん馴染んでいっているよう。

特に、食事面では、大喜びです。
やっぱりアジアの食はいいねぇ~

Picture 38

Picture 387
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2011.09.12 印象など
Picture 404

初めてこの国で電車に乗った日。

どこへ行くにも車が必要だった、車でどこへでも行けたアメリカとは
全く対照的な国へやって来ました。
これからは、電車、バス、タクシーを駆使してお出かけ!
(自転車もいいかも)

カードを購入して、タッチパネルに当てて、改札を通って、
エスカレーターで降りて、ホームのモニターには、あと何分で次の電車が来るか、
表示が出てて。

一つ一つがとても新鮮そうな子供たち。

全ての駅のホームは壁と自動ドアが設置されていて、私も驚きました。
日本の地下鉄はどうだっけ・・・?
それすら、もう5年以上も乗ってないし。。。


中心地の方へ出て、必要な家電の買出しなど。

電圧が違うので、アメリカで処分出来るものはしてきました。

そして、こちらで借りたコンドミニアムの大家さんから、ある程度の
金額が渡されまして。
それで炊飯器+好きな家電を買っていいんですんって。

ただし、退去時にはそれらを置いていくように、と。


もともと、部屋には冷蔵庫も洗濯機もレンジもエアコンもテレビも備え付け。
さらに炊飯器と掃除機とホットプレートなどを調達。
どうせ、また日本に帰ることになれば電圧が違うんだしね。
便利だし、合理的でいいと思います。


その他、子供たちの学校で必要なものを買い揃えに出かけたり。
日本人学校に通うのですが、やはり日本式の学校、必要なものが多いですネ。

慣れない土地での買い物は、要領も悪く、時間がかかり、子供たち、
疲れと飽きで、グズり気味でした。


私は早速、こちらの人たちの話す英語の洗礼を受けています。
難しい・・・

この独特の発音、たとえば、ar や er で伸ばすべき音が、”ッ” になっちゃうとか、
一応、特徴は知っていたんですが。

”car" も"card" も、「カッ」になっちゃうとか。

そう覚悟して聞いてても、文章の所々が聞き取れない。


r の発音に注意していたら、タクシーの運ちゃんに、

「How many チュウレン...」

と言われ、また理解不能。

 「チュウレン?」

「チュウレン」

 「チュウレン?」

「チュウレン」「チュウレン」


…あぁ、Children か…!

アメリカで英語の聞き取り力も、まぁ、少しは上がったと思ったのに、
またここでは、レベルダウンしてしまった気分です。



ところで翼は、思い描いていたこの国のイメージと、実際の様子は、
少し違った印象だったようです。


「もっと狭い道で、1階の小さい店が並んでるだけと思った。」


狭い土地に沢山の人がいて、建物があるcrowdedなところ、とは聞いていたものの、
ここまで高い建物が所狭しと並んでいるとは想像してなかったようです。

時系列が行ったり来たりしますが、これはテキサスにて。

そう言えば、アメリカでNFLの試合を見に行ってなかった、と思い、調べてみたら、
ちょうど試合があったので、テキサス最後の記念に、と家族で初観戦しました。
TEXANS!

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初めて観戦してみて分かったこと。
意外とチケットが高い。

けど、席がほぼ売り切れで、4人揃って買える席はもう殆ど無かった。
試合数が少ないからかな。
そして、やっぱりアメリカ人はアメフトが大好きなのだな、と。
スタジアムに向かう道も、混んでいて時間がかかり、やっと駐車場に着いた
と思ったら、そこからスタジアムに入るまで、またかなり遠く、
15分くらいかかって開始時間を過ぎてしまいました。


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アメフトは、数年前に、私と子どもと高校生の試合を見に行ったきりです。

そのときは、子供たちもあまり興味がなく、試合は殆ど見ずに、ゴソゴソと
他の事をして遊んでいたりしましたが、その後、特に翼がスポーツ全般の
試合に興味を持つようになり、アメフトのテレビ中継もたまに見たり、
やはり学校でも友達の話題に出てくるらしく、徐々に知識も増やして、
いつの間にかルールも分かるようになっているらしい。

私はやっぱり、いまいちルールも分からないまま。。。

試合を見ながら、翼が楽しそうに何かを言ったり、パパに質問していることも、
意味がよく分かりません(^^:)


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アメフトは、プレーの中断が多すぎるのが、う~ん。。。

野球(メジャーリーグ)と同じように、プレーの合間の観客を盛り上げる
色々な企画ものやパフォーマンス、良いプレーがあったときや、
得点が入ったときの観客の歓声と盛り上がりに便乗して、一体感を楽しみました。

ホームチームのタッチダウンが決まると、四隅のドアから大きな旗を持った
男性たちが飛び出してきて、フィールドの中心を通って対角線上の反対側の
ドアへ駆け抜けます。

旗は重くて大変だろうな。
この人たちは、これだけが仕事の人たち・・・では無いよね?

Picture 034


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テキサス人の一員として過ごした時間を土産に。

TEXANSの勝利で、気分良さそうな観客たち。

帰り、駐車場へ向かう長い緩やかな坂を何度も折り返して降りるときには、
お調子者の男性2人組が大声で、”TEXANS!TEXANS!" と叫び始め、
それに合わせてコールが上がり、私も少し乗っかってみました。


子供たちは、その後も、「ダウン、セッ、ハッ!」とか言って、
取っ組み合うという遊びが気に入っているらしく、しょっちゅうやっています。


2011.09.16 アジア食万歳
アメリカと違って一番ありがたいのは、こちらでは、徒歩圏内にモールがあり、
モール内のフードコートで、”全然OK!”な食事が出来ちゃうこと。

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クエ・ティオ!(><)
(Fried Rice Noodle)
約250円!

嬉し~い!!

(平打ち麺&ライスヌードル好き。この料理は、7年前、マレーシアで
初めて食べてハマッた。)

アメリカでも、たまにチャイニーズやマレーシア料理店で食べてましたが。

この店は、ソース薄めのシンプル系。
これもまた、旨し。
多分、しょっちゅうランチにしちゃう。


日本食もある。
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アチッ!!

すっごく美味しそうとは言わないけど、これもまたOKでしょう。
この日のランチ代、3人で800円ちょっと也♪


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

長い夏休みが続いて、毎日子供たちと家にいたり、買い物にや食事に出かけたり、
日本人会館に出かけたり、とにかくずーっと子供たちと一緒の日々で、
最後の方は、マジで気分が重かった(- -)

どちらか一人だと、いいんだろうけどなぁ。

2人いると、数分に一回は何かしら(くだらない)トラブルが発生し、
どちらかが耳障りな大声を出して、それが一日中続き、それが
何日も続くと・・・

しょっちゅう、 「(お互い)くっつくな!」 「離れろ!」

(でも、やっぱりくっつく)


でも、そんな夏休みもようやく終わりました!
やった~!(><)

日本の子供たちの、”2年分以上の夏休み”を過ごしたことになりました。


2011.09.17 学校へ
子供たち、とうとう学校へ。

長い夏休み明けの登校、と同時に、初めて通う”日本式の学校”です。

上靴も初めて。(翼は3年前に3週間だけ日本での体験入学で経験あり)

 (上靴と言っても、我が家はスニーカーを履かせていますが、外用の靴と、
  屋内用の靴を分ける、という意味で)

絵の具セットも初めて。

 (今時の絵の具セットは、昔と素材もデザインも違っていて驚き)

ピアニカも初めて。

  (子供たち、面白がって、部屋でプープー弾きまくり。かなり音でかい。
   スーパーマリオの曲を即興で弾いてやったら、それを真似したがるのだけど、
   最初の部分しか真似できなくて、その部分ばかり何度も何度も。)

筆箱は、ちゃんとしたのを持ってなかったり、航空便に入れてなかったりして、
買うことに。。。

指定のノートに、クリアファイルに、クリアフォルダに、手提げ袋に、下敷きに、
道具箱、それぞれ2人分。
体操服も購入、帽子も購入。

購入するものの多いこと!
(いやぁ、かなりの出費です)

下敷きって、アメリカでは使わなかったものな~

雑巾を持参するのも、日本的。

そして、私は、持ち物に名前を書きまくる。

クレパス一本ずつ、絵の具チューブ一つ一つに名前を書く、なんて、
アメリカのお母さんたちに話したら、驚くんだろうな~と
思いながら、退屈な名前書き作業をしていました。

大地、「せいかつか」という言葉が、何度説明しても分からなかったり。
(わざとな気もするけど)

「しょしゃ」も分からなくて、教科書入れてなかったり。


パパからは、「最初が肝心だから。元気よく話しかけるんだよ。」と、以前から
子供たちにちょくちょく話しかけていて、どんな風に学校やクラスに馴染んでいくのか、
少し心配していたのですが、

初日に学校に行ってみたら、所定の部屋で待機していた子供たちを、
担任の先生と同じクラスの子供たちが迎えに来てくれて、わぁ~っと
翼や大地を取り囲み、荷物を持ってくれようとしたり、「サッカーやる?」
などと話しかけてくれたり。

(大地、照れかプライドか、何度 ”荷物もってあげる” と言われても、
 無愛想に「いいっ」と言い張り、両手に荷物を抱えていた)

そのまま、それぞれのクラスへ連れて行ってもらい、それぞれのクラスで、
特ににお世話好きな女の子たちに何かと手伝ってもらったり、教えてもらったり
している様子を目撃してから(^m^)、私たちは学校を後にしました。


先生からは、初登校前に電話、初登校後も電話、連絡帳のコメント、など
気遣いも沢山いただき、このアメリカの学校にはないきめ細やかさもまた
ありがたく、日本の学校だな~、としみじみ感じました。

2011.09.19 中秋節
この国に来て、あちこちで、提灯が飾られているのと、月餅が売られているのを
目にしました。

なにかお祝い的なイベントがあるのだろうな、と思って、よく見たら、
”mid-autumn festival" と書かれていて、あぁ、中秋か、と。

中秋の名月のお祝いが、この国ではかなり大きなイベントなんですね。

翼に話したら、

「知ってる!日本でもある!お団子食べるんだよ!お団子たべた~い!」


住んでいるコンドでも、イベントがあると貼り紙があったので、行ってみました。
子供をつれて行こうとすると、なぜか2人とも反抗的で、

「行きたくない!」
「なんで行かなきゃいけないの!」

特に翼がグダグダになりながら、「なんで行かなきゃいけないの!」連呼。

かなりイラっとしながらも、「せっかくだから、だよっ!!」
と強制的に連れて行きました。

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イベントといっても、ささやかなもので、ご自由にどうぞ、という感じで、
共有スペースのテーブルにお菓子やフルーツが置かれ、子供たちには、
提灯と風船をくれる、というだけのものでした。

しっかり風船と提灯はもらい、初めてのお菓子を食べてみる翼。

9.13 010

月餅の変わり種バージョン?
全く口に合わなかったらしく、この後、口を開けたまま、ものすごい顔をしていました。


提灯をとても気に入ったらしい大地。意外。

9.13 013

赤、青と交互に光る提灯を嬉しそうに、「ママ、見て!」
来る前は文句ブーブー言ってたのにね。

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この機会に、他の住人の方と挨拶でも交わして、お近づきになれたりしたら・・・
とちょっと期待もしたのですが、何となく人種ごとに、すでに知り合っている
人たちが固まってそれぞれにお喋りをしていて、そういう雰囲気では
ありませんでした。。。

約半月前のことです。


9月某日、とうとう次の赴任地に到着。

う~ん、長かったなぁ。
アメリカを発ってから、ほぼ丸一週間。

北米にも、(ダンナの出張を除いて)来る機会はもう当分ないだろうから、と
移動途中にカナダ旅行を挟みました。

カナダを発って、
日本でのトランジットを含めてドアtoドアで23時間ほどかかって
到着しました。
やっと着いたぁ~!(><)という感じです。


着陸する寸前だったか、窓から眼下の街の明かりを見た大地、

”お~、○○(国名)”

と呟いたのには、ちょっと笑ってしまいました。


大地は、まだ見知らぬその国への興味や疑問が移動日が近づくにつれ
さらに強くなっていったらしく、同じような質問を何度も何度も
してきました。

特に、定番の質問は、国の大きさや人口。

(これは他の国についても全体的に興味があるらしく、あまりにも
よく質問されるので、地理の資料集みたいなものを買ってやったほど)

それと、次の私たちの住居について。
その大きさについて、何度も何度も同じ質問をしていました。

  「ホテル、大きいの?」

  「コンドミニアムだよ。今の家ほど大きくないよ。」

  「どれくらい?」

  「1階のガレージ抜いたくらいかな。」

  「え~っ・・・」


しばらくして、

  「ホテル、大きいの?」

以下ループ。



コンドミニアム、とちゃんと言えるようになったのは、到着前日でした。
やっと覚えたか!


機内では、ここぞとばかり、映画をみまくる子供達。
私も、SPの革命編をみることができて、むふふ。
これを見てしまうことでシリーズ全てを見終わってしまうことがちょっと寂しくも
ありましたが。
つい2回見てしまいました。
(で、結末、結局どういうことなの~)


1年ぶりの日本。
成田に3時間滞在。
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日本から乗り換えた便でも、楽しそうな映画が色々見られることが分かって
興奮する子供達。

Picture 350
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「○○見る!△△も見る!」

と声に出して宣言し、


「(見たいものが沢山ありすぎて)寝られるはずがないよ~!」

などと言っていた大地。


その5分後、ふと見たらすでに寝ていた。(まだ離陸前)

Picture 359


しかし、数時間後、いきなりフッと目覚めたかと思うと、即、

「えいが見る!」




ところで、日本でのトランジットで、私達の乗る便に大勢の若い女の子たちの集団が。

学生だろうか、でも、こんな時期に?と、少し不思議に思っていたのですが、
現地に到着すると、その集団だけ、入国管理局の警備のような男性数名が出迎え、
先導して移動している。(楽しそうに見える警備員)

もしかして、タレントか何か?と思ったら、その通りで、大人数制の
某アイドルグループの地方版のお嬢さんたちでした。
現地の出待ちのファンがボードなどを持っていたので分かりました。

でなければ、分からなかった(^^:)
日本の空港でも誰も騒いでなかったし。

子供達に、”あのお姉ちゃんたち、テレビに出る人たちみたいだよ”と
知らせてみたのですが、全く反応なし。


荷物が出てくるところでは、最近、一早く自分たちの荷物を見つけて自力で
ターンテーブルから下ろすことに燃えている大地が、そのお嬢さんたちの
集団をものともせず、ガツガツと進んで間をすり抜け、
出てくる荷物が一番早く見える場所へ移動していたのが、ちょっと笑えました。

今後このグループを見聞きするたびに、この国へ来た初日のことを思い出しそうだなぁ、
などと思いつつ。


荷物も揃い、やっと外へ出てみると、なんと私たちにも出待ちが。。

ではなく、出迎えてくださった方達が。
なんと、この深夜に、同じ会社の2名の駐在員の方が車で迎えに
来てくださっていました。

荷物の多さから、タクシー2台になるかも、と覚悟していたので、
本当にありがたかったです。


ホテルに向かう車の中で、初めてのこの国の風景を窓から興味深々で見ながら、
ハイテンションの、会社の方にもちょっと”無礼モード”で色々と喋りまくる大地。

なぜか、
ヨーロッパに行きたい、とか、
アフリカに行って、ヨーロッパに行きたい、とか、
南極に行きたい、とか、

この国のサッカーは強いのか、
○○より強いのか、とか、

別に高い建物多くないじゃないか、とか、
車は買えないのか、
なぜ車は(この国で)そんなに高いのか、などなど。。。


ホテルにチェックインし、シャワーを浴びてすっきりし、やっとベッド
に横になれたのは深夜1時過ぎでした。

そこであらためてもう一度、実感。



あ~、やっと着いたぁ~!

これはアメリカでの話。


夏休みにプールでプレイデートをして、

「大地が行ってしまう前に、是非クラスの子達で集まる機会を作りましょう!」

と言ってくれていた大地の仲良しJH君のお母さん、
私は話半分で聞いていたところがあるのですが(^^:)、

本当にクラスママ(クラス役員)さんに提案してくれて、

”大地とのお別れ&新学期スタート直前”プールパーティをやりましょう、
という連絡が皆に送られました。


すると、「コミュニティのプールは混みそうだから、うちのプールにしない?」と
申し出てくれる人が現れて。


大抵、どのクラスになっても、余裕でクラス全員を招待できちゃうような家と
プールを持っている家庭があるのよね(^^;)
それも、多分、1家庭ではない。

今回も、初めてのお家にお邪魔させてもらいました。


この環境。
最後だから、思い切り楽しんどけ~!

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仲良し男子たちと大いに楽しむ大地。


プールで飲み物を飲むのもよくある光景。
私は、”えっ!?”て思うんですけど。

プールの持ち主のアメリカ人お父さん、お母さんは、絶対「いいよ」って言うし。

子供たちも、誰かの家のプールでは、プールにつかりながら飲み物を飲むのが
当たり前、と思っている節が。


それも最後だ。
思い切り楽しんどけ~!

Picture 090

仲良しの男の子たちと記念撮影。
(女の子たちとは、写真も撮ろうとしない大地)

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いつまで大地を覚えていてくれるかなぁ。

翼の横にいるH君、実は母方のおばあちゃんが、今私たちがいる国
出身の人なんだけどね。H君は、この国を訪れたことはないみたい。

引っ越す日が近づいてくると、だんだん
「行きたくない。。。ともだちと はなれるから。」
と言うこともあった大地。
そう、その点が一番切ないよね。

新しい土地で新しい友達が沢山できるよ、といってもね。

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

さて、私の方は、またアメリカ人のお母さんたちの輪の中に入る、
という状況だったのですが・・・

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アメリカでの4年8ヶ月を振り返ってみて。

こういう状況にも、当初よりは、格段に慣れた。
やっぱり慣れが大きいかな(笑)

英語もその頃よりは、聞き取れるようになったと思う。
話す方も、その頃よりは、かなり楽。
だけど、流暢さ、語彙・表現のバリエーション、会話の瞬発力(?)など、
満足できるほどには上達していない。
もどかしさは、ずっと残ったまま。

ただし、それよりも、こういう場にいて気分的に以前より楽になった
理由の一つに気づいた。

   周りが分からない会話をしていたら、諦められるようになったw

分からないことは、分からない。

その話題になっている事自体を知らないか、背景を知らないか、
その用語を知らないためか、どれなのか分からないけれど、もう、
ついていけないところはスルー!

そして、少しでもついていける話題になるのを待って、チャンスだと
思ったら思い切って発言!
ちょっと外れたコメントかも、と思っても、図々しく口出しして、
自分が話せる方向の話題に持っていく!

あ、でも、分からないところで、「○○って何?」と思い切って
聞いてみるのも手。



・・・と頑張ってみていても、実際は、所在のない時間が
ちょこちょこあるんだけど。
でも、そんな時間帯もなんとかやり過ごせる度胸はついた、と。
会話力ではないか(^^:)

この日、話題になっていたことは、なんだっけ・・・

SEARS(電気屋)である金額払って保証プログラムに入ると、
別の店で買った電化製品でも無料で修理してもらえる、とか、

各自の夏休みにどこへ行ったとか、

ある人が東海岸のある場所に夏によく行くそうで、その場所がなぜ
おススメなのか、とか、

私も自分の番が来たらガラパゴスの話をしよう、と、脳内でちょっと
英作文をシミュレーションしながら聞いてたんだけど、

話しは段々別の方向に逸れて私まで回ってこず、脳内原稿はボツになったり。

常に脳内で原稿をなんとなく用意しつつ、やっぱりネイティブのママの
マシンガントークには太刀打ちできず、その多くがボツになっていく・・・
そんな感じ。


子供たちが大はしゃぎで遊んでいる脇で、そんなことをぼんやり
考えていました。


この日、初めて話したあるお母さんが、実はこの国に以前住んでいた経験が
あると分かって、もっとお話したかったんだけど、座った場所が遠くて
その話題を聞き出すチャンスがなく。



ところで、全く関係ないのですが、このパティオの天井の近くに、
小さい電熱ストーブのようなもののスイッチが入っていて。

私も”あれっ?”と思ったのですが、別のお母さんもそれに気づいて、
この家のお母さんに尋ねた。

この家のお母さん、笑って軽く、「あぁ、そうね(^^)」と。

「今は必要ないわよね?」

「必要ないわね(^^)」

(連日、華氏100度越えです)

と言いつつ、その電源を切るでもなく、蒸し暑い中、無意味なストーブは
ずっとつけられたままなのでした。う~ん。。。
節電で夏を乗り切っている日本とは別世界だと感じました。

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アメリカでのバイオリンの先生、S先生とのお別れが近づいていた頃。

レッスンに行き、私たちが引っ越す国の話や、次の国でも良いバイオリンの
先生が見つかるといいんですが・・・などと話をしていると、S先生、
「ちょっと調べてみましょ」と、脇にあるパソコンで早速検索。


まず目に付いたサイトを開いて見たのですが、

「う~ん。。」 と微妙な反応のS先生。


「この写真を見て。posture(構え)がねぇ・・・
こういうサイトに掲載するということは、きっと一番良い写真を
選ぶはずなの。
それなのにこの写真ということは・・・
ここはあまりお奨めとは言えないわね。」


うーん、確かに。なるほど・・・


「それに、この女の子、笑顔じゃないわ。」


へ~、そういう見方も。



なかなか、”バイオリン教室”のサイトがヒットせず、
これかな?違うね、これかな?違うね、ということを繰り返して、
見つけた別のサイト。
発表会の写真が掲載されていたのですが。

これもS先生によると、「う~ん。。」

弾いている男の子の構えが、やはり良いとは言えない。


「発表会でこの構えでは・・・ねぇ・・・」


そして先生が気になったのが、発表会のロケーション。

どうやら、ダンススタジオのようなところにピアノが置かれ、その側で
バイオリンの子が弾いている様子を、壁際に沿うように床に直に
座り込んだ保護者たちが見ている。

S先生、ちょっと信じられない、というような表情で。


「こんな発表会は、いただけません(^^:)」


それも確かに。



先生曰く、


「ね、写真からだけでも、色々なことが分かるでしょ。」


そんな先生が、写真を見て、”お、これは!”と晴れた表情に
なったサイトがあった。

「構えもいいし、子供たちも笑顔!」


どこの教室かな、と思ったら、   Suzukiの教室だった。(^m^)

すごいな・・・
やっぱり、そういう面でSuzukiは素晴らしいのかな・・・


(ただ、S先生には申し訳ない気もするけど、今後、Suzukiだけに
拘る気は無かったりする)


そんなことを、レッスンの時間中にやっていた私たち。
大地も、バイオリンを弾かずに済むものだから、乗り気で私たちの
バイオリン教室探しネットサーフィンに付き合っていました。


先生(教室)選びのポイントの一つを知ることができ、なるほど、なるほど、
だったのですが、私にとってはS先生の存在が大きすぎて、

(人間性も含め様々な面で)これほどの先生をまた見つけることができるのだろうか、
と思うと。。。


S先生とは、比べようとしない方がいいかな(^^:)



アメリカにて。

この日がとうとう最後のバイオリンレッスン。

このレッスン室も最後。

この千羽鶴もこれからずっと、みんなのレッスンを見守るのかな。
いつかもし、また日本人の生徒さんが入ったら、この鶴を見て、”おや?”と
思うのかな。

Picture 051

初めてここを訪れたとき、ドキドキしながらベルを押したこのドア。
それから、何度も何度も通ったドア。
態度の悪すぎて全くレッスンにならなかった大地に、憤慨し、落ち込みながら
このドアを通って帰ったことも、多数。
Picture 053

最初に必要以上にドキドキした理由は、先生がサイトで公開していた写真のせいなのですが、
それは先生のお気に入りの一枚なのか、今はSNSのプロフィール写真もその一枚が
使われています。
いわゆる、”PTA教育ママゴン的な” というか、”ざぁ~ます”メイク&眼鏡
というか、未だにその写真を見るたびに、”コワイ” んですけど。(^^:)

なんでその写真がお気に入りなのかしら。
絶対、普段のお顔の方がいいのに~

Picture 054

家の中も外も、バイオリンをモチーフにしたグッズが沢山でした。


レッスンは、最後の数ヶ月は、大地希望の”ラピュタ”、毎年夏恒例の公園での
コンサート用の曲をいくつかを習い、練習し、教本上は、結局、
(弓で弾けるようになったのは) ”アレグレット”まで。

3年半かかって、目に見える進度は、1冊目の教本の半分を少し超えた位でした。
これを、次の先生には、どう評価されるのでしょうか。

その他、リズムをとる練習と、符読みは少し進んで、A弦、E弦に
またがる1オクターブの範囲の音を、楽譜を見ながらバイオリンで弾くという
練習まで。

また、先生のパソコンの楽譜作成ソフトを取り入れて、大地に”作曲”させる、
というプロジェクトも少し。

曲なんて考えられるんだろうか、と思いきや、大地、以外に乗り気で、
適当にピロピロとバイオリンを弾いてみせて、私にメロディーをメモさせるのでした。

それ、殆ど音階練習じゃない?(^^:)という部分もある、
なんというか、とっても不思議な曲というか。
弾いてみせる度にメロディも微妙に変わり、メモするのもなかなか
難しかったのですが。

タイトルは ”Running Kids” なんだそうで、一応、本人的にはイメージが
沸いているらしいことは感じられました。
しかし、時間が足りず、そのプロジェクトはほんの1フレーズ打ち込んだだけで、
中途半端なまま終わってしまいました。

夏の恒例になっている公園でのコンサートで皆で弾く曲の練習。
昨年は”パイレーツ・オブ・カリビアン” や ”スポンジ・ボブ”、
フィドル音楽の曲をいくつか練習して弾きましたが、今年は、
”ロンドン・ブリッジ” や アイルランド民謡(?)などを練習。

主旋律を弾く曲もあれば、まだハーモニー部分しか弾けない曲もあります。

先生からCDももらい、それを何度も聞いて、メロディーを覚えて
練習しました。

その公園でのコンサートが、本当に最後のアメリカでのバイオリン活動
になります。

やる気に波があり、レッスンに来ても最悪な態度で、全く何もしないことが
よくあった大地。3月~4月あたりにもそんな時期がありましたが、それ以降は
そんな態度は見られませんでした。
成長したのか、それともまた波が来るのか。。。


もうこのレッスン室に来るのも最後なんて。
寂しくて、胸が詰まる思いでシャッターを押しました。

Picture 064

この翌日は、別の場所でコンサート参加者全員集まってのリハーサル、
その次の日は、公園でコンサート本番。

まだ、先生や教室の皆と会う機会はあります。

2011.09.25 この国の言葉
この国で話されている英語が独特のものであることは、事前に子供たちには
伝えてありました。


「Car park は カッパッ! て言うんだよ。」

と例をあげて教えてやると、翼はギャハハ!と大笑いしてました。


そして、実際、この国の英語を耳にした翼に感想を聞いてみると、

「なんて言ってるか、わからない・・・」


しかし、数日後、

「わからないことも あるし~、わかることも ある。」

と変化。


そして、

「わかってもぉ~、言ってることが 変なときがある。」

  「発音は分かるけど、文章自体がおかしい、ということ?」

「うん。」


ちゃんと気づいたのね。
それもこの国で一応問題にはなっていて、”正しい英語を話そう” と上の方の人たちは
呼びかけてるらしよ。
ただ、ここまで浸透していては、とても難しそうだけど・・・


なかなか学校に行けなかった間、暇をもて余す子供たちを「サイエンス・センター」
という所に連れていってみた。

入り口で、”サイエンス・センター・アローン?”

(サイエンスセンターのみのチケットが欲しいのか、隣のシアターも含めた
チケットが欲しいのか) と聞かれたので、

「サイエンス・センター・アローン」

と、そのまま答えたら、翼に指摘された。


「なんで、センター って言ったの?」

つまり、英語の Center ではなく、日本語発音の ”センター” と
言ったではないか、と。


鋭い。その通り。
こちらに来て、あっと言う間に、日本語発音で英語を話すようにしている私がいる。
ダンナもそう言っていたけど、明らかに、そちらの方がこの国では通じやすいから。

しかも、文法も、実は英語として正しく話さない方が通じやすいのではとすら思える。
日本語の語順をそのまま英語に置き換えたくらいの方が通じやすいのでは、と。

だって、タクシーの運ちゃんが言うところの 「この道路はUターンできない。」 が、
この国の英語では、
「ディス ロッ キャノッ ユ タッ」(This road cannot U-turn.)


郷に入っては郷に従え。
それがここで実際に使われている言葉なんだから、伝わらないと意味がないし。

でも、この言葉の環境に馴染んでしまったら、「英語が下手になる」 とも
ダンナが言っていたけど、それもよく分かる気がする。要注意。


英語と思わないで、これはもう、”○○(国名)語” だと考えたほうが
いいんじゃないか、と思い、実際、私と翼では、”○○語” と呼んでいる。

英語だと思うから、ヒアリングが出来なくて、凹む。
これは○○語という、別の言葉だと思えば、気も楽。



家の中で、タクシーごっこをしていた翼が私のそばへ来て、料金を伝えた。

「ユッ ぺッ タ ティ ダラ!」


えっ、もう○○語が話せるの!?と驚くと、ニヤニヤ。

アメリカの英語で言ってみて、と言うと、

「You pay thirty dollers.」

あ~良かった。



ちなみに翼は、日本人の話す日本語訛りの英語もあまり聞き取れない。

学校の英会話の授業(10段階以上のレベル別)で、とりあえず、上から3番目の
クラスに入れられたらしいのだが、他の子の話していることが分からなかった、
と言うのだ。

そんなにレベルが高いの?と一瞬思った私に、

「先生の話す英語しか分からなかった。」 

その次の日は、上から2番目のクラスに行ったらしいのだが、そこでやっと、
子供の話していることも分かったらしい。
(結局、その後1番上のクラスに入ったらしい)

そういうもんなのか・・・
その感覚は、私には分からないところ。

ただし、実際には世界では、訛りのある英語を話す人の方が多いのだから、
色々な英語を聞き取れるようになっておいた方が良いとは思う。


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週末、子供たちを連れてサッカーの試合の見学へ。
そろそろ、サッカークラブに入れてやらなければ、と思っています。

すでに3ヶ月ほどサッカーをしていない翼。
ここ数年、これほどサッカーをしていない期間はなく、そのせいか、
お腹周りがちょっと膨らんできた?

アメリカでは、家の中でボールを蹴って遊んでいましたが、こちらに来てからは禁止。
家の中で蹴っていいのは”風船だけ”になりました。


ただ、マンションの敷地内には、小さいけれどボールを蹴ることができる
スペースもあり、少し外に出れば、ボール遊びのできる芝生のスペースもあるのです。

自分で練習していいんだよ、
上手くなりたかったらリフティングの練習でも、出来ることはあるんだよ、

と、しょっちゅうパパからも言われていますが、それはやろうとしない子供たち。


”オマエら、努力せずにサッカー選手の夢なんか叶うもんか” と、
内心もどかしく思っています。


この日も着いて早々、「あつい~」「もう帰りたい~」とか言い出した奴らにムカッ。
確かに暑いが。
誰のためじゃ。


試合会場では、日本人も多く見られ、偶然出会って声をかけてくれた
大地のクラスメイトのご両親から、サッカークラブ事情を教えていただいたり、
同じ会社の方にも色々お話を聞いて情報収集。

その間、翼と大地は、その辺にいた子供たちと、即席でサッカーをしていましたが、
それもすぐに終わってしまい。
そばにある遊具も使用禁止になっており、試合を見ているだけ、というのも
すぐに飽きてしまったよう。

売店で”チューベット”を買ってやったら大人しくなった子供たち。
行なわれている試合を見学し、子供たちと感想を話し合う。


私としては、できれば日本人の多くないクラブがいい、という希望があり、
かつ、子供たちが慢心せず刺激を受け続けられ、良い指導も受けられそうなクラブ・・・
となると、対象は絞られていました。

そして、やはり最初に目をつけていたクラブが良さそうかな、と。


ただし、日本人が多いクラブに入れば、学校からクラブへ、クラブから家へ、
とバスの送迎があるのですが、それを選ばないということは、送迎のやりくりも
また考えなければいけなくなります。

ここでも日本人社会に入ってしまえば、本当に楽なのだけど、学校も音楽関係も
”日本人社会”に入ることになった今(なぜか音楽関係は、”日本人の先生がいい!”
と2人とも言い張る)、せめてそれ以外の分野は、敢えてそこから
抜け出して、子供たちにも別のコミュニティとの接点を持ってもらいたいな、と。

”敢えて” ということをしないと、本当に、海外に住んでいる実感が
なくなってしまいそうな、この街。


そうすると、通いの手段は、自力でバスかタクシー。
バスは乗り換えが必要。
曜日によっては、徒歩&電車&バス が必要な遠い練習場所もあり、
結構な時間がかかりそう。
それは必須ではないのだけど。。。
どうするかなぁ。。。

2人の音楽のレッスンも、徒歩&電車&バス(orタクシー)で、
通うのに時間がかかることになりそうだし。
アメリカでは、車の中で弁当夕ご飯、という手を使っていたけど、それも
使えなしなぁ。

どんな生活スタイルになるのやら。


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2011.09.27 見上げた空は
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こちらに来ての印象。

あまり、空が青くないな・・・

これまで、曇った日、雨の日が多くて、うすいグレーがかった空を
見ることが多いです。

テキサスの、スコーン!と抜けるような青空と、そこに浮かぶ真っ白な雲、
が懐かしかったりします。

ただ、人に聞いたところによると、この曇りがちな空は、隣国からの
煙による影響もあるとか。毎年恒例だそうです。


こちらに来て3週間になり、子供たちにこの国の感想を聞いてみたところ、

大地 「暑い。」「雨が多い。」

そしてお決まりの、 「日本に帰りたい。」

日本には2歳11ヶ月までしか住んでいなかった大地が、一番日本への
帰国を望んでいるという・・・

日本の経験が一番少ないからこそ、憧れが大きいのかな。
でも、日本=自分の国、という意識が強いということで、いいことだとは
思います。


翼 「アメリカの学校の方がいい。だって、ガム食べれるし、DS持って行けるから。」

大地 「カップケーキ食べれるし!」
 (子供の誕生日に、クラスへカップケーキを持ってくる親が多い)


学校どころか、ここは国中でガム禁止です(^^:)
(ホントに、レジ脇の棚にもガムが置いてありません!
クロレッツとか、よく見たら、全部タブレットでした。)


アメリカでDSが持って行けるというのは、小学5年生からのことで、年に何回か
ゲームデーというのがあるらしく(?)、4日間だけ5年生に通った
翼によると、電子ゲーム機を学校に持って行っても良いとか。

ただし、それ以前に何か注意を受けたりしたことがあると、その権利は
なくなり、”非電子”ゲームしか持って行ってはいけないとか・・・

学校でDSで遊ばせる、というのも、日本人の私やダンナには驚きなのですが、
しかも、一部の子はDSで遊べて、一部の子はそんなDSで遊んでいる子を指くわえて
見てるだけ(ボードゲームは持参できるにせよ)、の日があるなんて・・・

だから、DSを学校に持ってこれるように、授業や課題や生活態度を頑張る。

DSだけじゃなく、何かにつけて子供たちをアメでつろうとする作戦が、
私とダンナには最後まで違和感がありました。

「そんなんじゃダメだ。(アメリカの学校を)抜け出してよかったよ。」
とダンナ。

その点は、確かに。
もちろん、良かったところもあるけれど。


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ただし、やはり5年近く住んでいて、知らず知らずのうちにアメリカの
”ユルさ” と ”合理主義” が身についちゃってしまってるのかな~、
と思うことも、こちらの学校に通い始めてちょっとあります。

つまり、日本式の細かさ、真面目さ、ちょっと大げさに言えば
融通のきかない不合理な部分を、以前よりも感じてしまうようになった、
ということです(^^:)



これもアメリカでの一コマ。

N君のママが、お別れ前の記念に、とピザ屋さんでご馳走してくれました。

サッカーのチームメイトとして知り合ったN君。


カープール仲間になり、兄弟共に仲良くなり、
大きなプール付のお家に遊びに行かせてもらったり、

N君のママが忙しいときはうちでN君を預かったり、

N君のおじいちゃん・おばあちゃんが来ていて皆でレストランに食事に行くと
いう時には、なぜかうちの子たちも参加させてもらったり、

うちの子と一緒にN君をファームに連れて行ったら、大喜びしてくれたり、

N君のママにはヨガのレッスンをしてもらったり。


仲良くなれて、本当に楽しかったなぁ。

この日も、子供たちはもう、ピザは殆どそっちのけで、ゲームコーナーで
ワイワイ大盛り上がりでした。

私はN君のママと色々とお喋り。
1対1でこんなにじっくり話すのは初めてで、最後の最後にさらに
親しくなれたような。

しかし、その中には衝撃的な告白も。

実は、旦那さんとはほぼ家庭内別居状態だと・・・!

(@@)

というのも私、彼女とも話すし、旦那さんとも、サッカーの送り迎えのことや
子供たちを遊ばせる日程の相談などで、メールしたり話したりする仲なので。

私はどちらとも交流があるのに、
彼女と旦那さんの間では、ここ何年も会話が無いのだと・・・!


サッカーの試合も2人で見に来ているように見えてたし、
全く想像もしなかった。

”うちはずっとこうだから、子供たちはこの状態に慣れちゃってるの。
でも、これからどうなるのかな・・・
とにかく、彼は何も話そうとしないから、どう考えてるかも分からないのよね・・・”

と苦笑いする彼女に、私も何と言ったらいいのか・・・
典型的なアメリカの幸せそうな家族にしか見えなかったので、本当に意外だった。


でもまぁ、そのことは置いておいて、アジアも訪れることがある彼女とは
また会える機会がありそうな気がするので、これからもお付き合いが続けば嬉しい。
子供たちも。


最後に彼女が撮ってくれた写真。

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彼女のブログに、この日の記事とともにアップしてくれていました。

(ばっちり実名入りで。まぁ別にいいけど(^^:))

とても暖かい文章で、ジ~ンとしました。


2011.09.29 日本的運動会
先週末は、子供たちの学校の運動会。

転入した学校は、運動会に向けてすでに練習が始まっていて、子供たちも
途中から練習に参加することになったのでした。

翼も大地も、”踊り系”の出し物があり、初めて参加して帰宅したときには、
2人とも、

「踊り イヤだ~」
「おどり やりたくな~い」

しかし、私は聞き逃さなかったぞ。
帰宅するエレベータに乗っているときに、大地がフッと”ダンスの音楽”の
1フレーズをハミングしたことを。

「それ、踊りの音楽?」 と聞くと、

「しらな~い」


その後も「おどりいやだ~」「オレ おどり とくいじゃな~い」

と、何度も言うのですが、どんどん例の歌も口ずさむこどが多くなり、
そのうち、歌いながら踊りも見せてくれるようになりました。

今年、某ドラマの主題歌で大流行した、子役が歌い踊っているアノ曲です。

(子供たちは、これまでその曲を知らず)

校内放送でもかかるので翼も覚えたらしく、2人で毎日何度も
同じ部分を歌う。
(私はちょっと飽きてきたゾ)

でもまぁ、2人ともすぐに振り付けも覚えて、ちゃんと練習に付いて
いけているようなので、ホッ。
 
赤組、白組、それぞれの応援歌もあるそうで、それもすぐに覚えて
大きな声で歌うようになりました。

リレーの選手選出はすでに終わっていて、悔しがる子供たちでしたが
(選出されるはずと思っている自信過剰な奴ら)、徒競走の練習が
あった日は、楽しそうに報告してくれました。

アメリカの学校に、日本の”運動会”のようなイベントはありませんが、
補習校で経験はしてきたので、戸惑いは少なかっただろうと思います。
ただ、体育(運動会の練習)のたびに、”体操服”に着替えなければ
ならない、ということが大地はなかなか納得できないようでしたが・・・

(1時間目から体育の日でも、体操服での登校は禁止。体操服の
ズボンを履いていくのもダメ。私やダンナも、「別に体操服で行っても
いいんじゃない?」という発想になっていたのは、やっぱりアメリカ生活の
影響?)

「一日に2回も きがえなきゃいけないことも あるんだよ!」 と
愚痴る大地。
単に、”面倒くさい” らしいんだけど。

アメリカの学校では、”体操服” や ”着替える” という発想すら
なかったからねぇ~。


ちょっとした不満や戸惑いはありつつも、運動会本番は、楽しみに臨んだ
ようです。
どの競技でも、とっても頑張っていた翼と大地に拍手!

(大地は、無愛想・少しやる気なさげに踊る。家ではノリノリのくせに。)



特に、徒競走。
6人ずつ走るのですが、2人とも1位!

走るのが遅くて徒競走が憂鬱で仕方なかった自分の子供時代を
思うと、信じられないような気持ち。

皆の前で走るのだから、やはり、速く走れた方が気持ちよかろう、という
自分自身の憧れの気持ちが大きくあり、
似なくて良かったね・・・と、すごくホッとしています。

9.24 052

9.24 067



子供たちの参加する競技やパフォーマンスのみならず、このためにかなり
練習を積んだのだろうな~、という応援合戦など、補習校の運動会よりも、
さらに ”日本的”な運動会の内容を初めて経験した子供たちは、
どう感じたのかな。

これもまた、日本人としての”経験”になっていくんだろうな、と
思ったのでした。



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