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ちょっと疲れることが続いたので、長い独り言で発散です。

(大地 5歳3ヶ月 習い始めて1年と4ヶ月)


先日の大地のバイオリンレッスンは、殆どレッスンになりませんでした。

やる気があって、先生の指示によく従って、とてもよく進むレッスンが2回ほど続いたら、
その次は、グズグズで全然ダメ、という感じです。

そんな大地に、暖かく、辛抱強く、つき合ってくださっている先生ですが、今回はさすがに、
ちょっと対策を考えなければ、と思ったのか、先生の指示を拒否し続けて、

”このままシールをもらえなくても、楽しいゲームができなくてもいい”

と言う大地に、バイオリンを片付けるように命じ、翼と大地に、

「玄関の外で座って待ってて。先生はママとお話したいから。」と。



しかし、先生からの第一声は、意外な言葉でした。


「今日、大地には成長を感じました。

新しいことに挑戦することを嫌がる大地ですが、今日の新しいことの一つ目には、
とりあえず、挑戦してみよう、という姿勢がありました。

すぐにやめてしまったけれど、とりあえず、彼はやってみました。これは進歩です。」



そんな風にとらえてくれるのか、と驚いてしまいました。

そうです、そうです。
そのときの気分なのか何なのか分かりませんが、初めてのことをものすごく嫌がり、そこから
大グズリが始まることが多いんです。


今日のレッスンでも、先生が

「先生の弾く音、短いフレーズを聞いて、耳だけを頼りに、それを自分のバイオリンで真似して再現する」

ということと、

「指を見ないで弾くこと。そのために、ちょっと目をつぶってごらん。」


という2つの新しいことを導入しようとしたこと、特に”目をつぶる”ということに
ものすごい拒絶反応を示し、そこから抵抗が始まったのでした。



「そういう(新しいことを嫌がる)子は、他にも沢山います。
これまでに、沢山みてきました。」


大地だけじゃないんだ・・・ほっ(^^;)


「ただ、昔よりも、最近の方が、そういう子供が多くなったようには感じます。
時代のせいなのか、何なのか、原因は分からないのですが・・・」


えっ、そうなんですか。それは意外な指摘。

単に大地のキャラクターによるものだと思っていたのですが、大地もそういう傾向の中の
一人なのかしら・・・?


そんな話の後、先生に、楽譜を使わず、まずは聞いて、それを再現できるように
なることの大切さについて、詳しく説明を受けました。
(それがスズキメソードの特徴ですよね)

そして、教え方についても、


「2つのやり方があります。
従わない場合に、怒って、怒鳴りながら、教える方法と、
従わなくなった時点で、レッスンを打ち切りにし、その代わり、シールも何ももらえないよ、
という方法。

でも、怒って怒鳴るやり方は、やっぱりやりたくありません。バイオリンに対して、
怖い、嫌なイメージを植えつけてしまうことになるから。

ただ、そうは言いつつも・・・
何か今までのやり方に、付け加えることはできないだろうか、と思うんです・・・。」



そこで、一つのアイデアとして出されたのが、

”お母さんも、バイオリンを持ってきて、レッスンに参加すること”

あ、それはいい。
というか、以前の先生のところでも、やっていたことです。


また私も、バイオリンレッスン(自分のじゃないけど)復帰です。



先生がこれだけ親身になって考えてくださっているので、私も家で、もっと努力をして
みることにしました。



今日、先生が新しく導入しようとしていたやり方を、家での練習でさりげなくとり入れて、
”新しいやり方”に”慣れさせて”いくように試みてみます。

「いいですね。」(^^)と、頷く先生。


「目をつぶるのがいやならば、弓と指の間に、ノートなどをついたてにして、見えないように
遮るという方法もあります。」


思えば、自分が子供の頃に楽器をならっていたときは、先生の指示に従わない、とか
考えられませんでした。
威圧感があったし、そんなことが出来そうな雰囲気ではありませんでした。
私もそんな勇気はなかったし。


その反動からか、子供達には、明るくフレンドリーな雰囲気の、優しい先生を探してしまう
のですが、その結果、やる気の出ないことは簡単に「イヤ」と言って抵抗してしまうことに
なるのでしょうか。

大地には、そこのところを、言い聞かせてみました。


「先生は優しいけれど、優しいからと言って、言うことをきかなくていい、
ということではないよ。」



先生も、大地が「イヤ」「それ好きじゃない」と指示に抵抗するたびに、よくおっしゃっています。

「残念ながら、あなたが、それを好きか、好きじゃないかは、関係ないの。
 好きでも、好きじゃなくても、先生がお願いしたことは、やってちょうだい。」

優しいけれど、毅然とした態度です。





その翌日の家での練習は、格闘でした。

途中でキレて、また何もかもイヤだと言う大地と押し問答し、持久戦となりました。
床に寝転んで、大騒ぎです。


「バイオリンやめたい!」「バイオリン選んでない!」「ピアノがやりたい!」
「立てない!!」「足が痛い!!」


残念ながら私は、先生ほど優しくも辛抱強くもないので、声を荒げてしまいますが(^^;)

私も譲る気はありません。




一度楽器を始めたからには、5年間は続けてもらいます。
残念ですが、我が家のデフォルトです。


5年くらい経験があれば、将来、自分なりに楽器を楽しみたいな、と思ったときに
あまり不自由しないのではないか、と思うからです。

将来、どんな分野に進むのか知りませんが、それ以外の世界の楽しみを是非持っていて
もらいたいのです。

言葉の通じない世界中の人達とも、繋がることができる音楽は素晴らしく、
絶対に人生の幅を広げて豊かにしてれる、という私の信念があるからです。



ママが絶対に諦めてくれないので、観念したのか、「足痛いのなおったからやる~。」と
練習を再開しました。


指を本で隠して見えないようにすることを、なかなか受け入れられなかった大地ですが、
”スポンジ・ボブ”の本で隠すことにする、という妥協点で落ち着きました。



「やめたい」 とは、翼もたまに、言います。


私も、昔、言いました。習い始めて、5年後くらいだったでしょうか。


親は、とにかく「ダメ」の一点張りで、それでも、私が「やめたい」と言い続けるので、
その件を教師に投げたのでした。



教師から電話がかかってきて、こう言われました。

「今やめたら、今後なにをやっても続かない子になる。
それに、今やめると、指が硬くなって、動かなくなる。」


陰湿な口調で脅されました。

そのときも非常にいや~な感じを受けましたが、今振り返ってみても、最低な対応です。

まだ子供の私の頭の中では、自分の手が石のように固くなってしまう恐ろしいイメージが
思い浮かんでいました。


その後も、レッスンの度に、ちょくちょく、私が「やめたい」と言ったことに対して、
嫌味を言われました。

その後の数年は、このことによる強迫観念から、ピアノを習い続けました。



そして私も今、子供達に楽器を強制しています。

ただし、自分が親や教師から受けてイヤだった対応は、絶対にしない、という自負を
もっていますが。


練習するのは、親のためでも、教師のためでもない。

あなたが上手になるため。

楽器を弾けることが、どんなに楽しいか。

上手になると、どんなに楽しいか。

だけど、そのためには、すぐにはやめちゃ、ダメなんだよ。

ある程度続けないと、楽しくなれないんだよ。

そして、いつか、ママと一緒に演奏しようね。楽しみだな~。



そのことは、常に語りかけていくつもりです。



こんな自負も、もしかしたら思い上がりかもしれません。

いつか、 「楽器を習わせておいてくれて、よかった」 と言ってくれる可能性の方が大きい
んじゃないか、と思っていますが、ひょっとしたら、

「子供の頃のあの経験は、本当にいやだった」 と後に恨み節を言われることも、
あるかもしれません。


そしたら・・・謝るのみですね。(^^;)

「ごめんなさい。それはどうも失礼しました。」 と。




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