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7月初旬。

ユタ州からアイダホ、モンタナ、ワイオミング州を巡る家族旅行に出発した。
(メインはイエローストーン国立公園)


2日目、日本より、ダンナのお父さんが入院し、病状が思わしくない旨の連絡を受ける。


ダンナが急遽日本へ駆けつけなければならない場合も想定しつつ、日本とも連絡をとりながら
旅行を続け、3日目夜、
旅行を切り上げ、ダンナが日本へ向かうことを決定。

そこはイエローストーン公園内。


パスポートを持参していなかったため、最寄の空港で家族と別れて日本へ向かう、ということが
出来ず、パスポートを取りにヒューストンに戻るための長い旅路が始まった。


夜中の2時にロッジを出発。

園内のもう一つのロッジにさらに2泊する予定だったが、チェックアウト時にフロント係が
キャンセル料は取らずにキャンセルしてくれた。

(原則では、キャンセル料のかからないキャンセルは2日前までとなっている)

こんな真夜中にいそいそとチェックアウトしていく家族を不思議に思っているかもしれないと思い
(不審そうな表情は全くなかったけど)、さっと事情を話すと、納得と、とても心配そうな表情で、
「どうか気をつけて」と送ってくれた。


ソルトレイク空港まで、ひたすら車を(ダンナが)走らせた。



真っ暗なイエローストーンの中を走り抜けるという珍しい経験をすることになり、運転者も同乗者も
怖くて緊張したが、鹿やムースなどの野生動物に数回遭遇。

ヘッドライトの中に、なにかキラっと光るものがあり、アッと思うと、近づいてすれ違いざまに、
動物がいたことが分かる。
子供たちは、後部座席で熟睡中。


イエローストーンを抜け、朝焼けの中のグランドティトンは美しかったそうだが、こちらは
私も熟睡中だった。


ワイオミングからアイダホを通ってユタ州へ。

途中の全く有名な観光地ではない土地の風景も美しいものがあり、いくつか印象に残っているが、
写真を撮る気分ではなかった。


朝食に寄ったファーストフード店でパソコンを繋いで、何とか昼の飛行機の席を確保し、
空港へ向かう。
8時間のドライブだった。


ダンナ、翌日、日本へ発つ。


2週間、私と子供たちで生活。

子供たちをサッカーキャンプや動物園キャンプに行かせながら、これからどうなるのだろう?という
思いを抱えた日々を送る。


義父は良いとは言えない状態が続いていたが、回復の様子も見られたので、ダンナが
一旦アメリカに戻る。


直後、また病状が悪化し、ダンナが中2日で日本へトンボ返り。

ダンナが病院に到着して3時間後に、義父は息を引き取ったという。


連絡を受け、急遽、私と子供たちも一時帰国することに。

アメリカで過ごす夏も、もう何度もなさそうだから、と、今年も帰国しないことに
していたのだが、こんな形で一時帰国することになるとは思ってもいなかった。

子供たちにとっては、物心ついて、初めて経験する身近な身内の死。
やはり、実際にその場に行って経験することで、感じること、得るものも大きいのではないか
ということで日本へ向かうことにした。

直行がとれず、経由を含めてドアtoドアで、24時間を越える旅になった。



子供たちは、「お葬式」という言葉を知り、それがどういうものかを経験することになった。

大地は、「ぉそうじきは、アメリカにもあるの?」などと突然私に聞いてきて、
“掃除機?アメリカにもあるよ、当たり前じゃない・・・?”と私を戸惑わせたりした。


蒸し暑い日本は2年ぶりではあっても、子供たちには新鮮なものであるようだった。

屋外に干してある洗濯物などに驚きながら、迎えにきてくれた年の近い従兄弟たちと
すぐに意気投合し、式の準備に忙しい大人たちを尻目に、楽しく過ごしていた。


死んだ人を初めて見るということ、お葬式、火葬、喪に関する一通りのことを、初めて
経験した子供たち。
遠く離れてはいたけれど、スカイプを通して、月に一度ほどは顔を見て会話し、誕生日には
かかさずプレゼントを送ってくれていた“じいじ”。

何をどう感じたかは具体的には分からないが、心に強く残る夏になったのではないかと思う。


日本には1週間だけ滞在し、日本で時差がとれて落ち着いたころ、日本を発ってヒューストンへ。

その後5日間程は、また時差ぼけで、メチャクチャな時間帯で寝たり起きたりして過ごし、
子供たちと過ごす毎日も煮詰まってきた頃、ようやく新学期が始まり、
翼は4年生、大地は1年生に進級した。



翼のサッカーの練習も始まり、2人とも毎日学校に通い、普通の日常生活に戻って、
元気にやっております。



*****************

ところで。

とうとう、念願だったアレを手に入れました。(≧▽≦)

望遠レンズ付の一眼レフカメラ。


ありがとう、ダンナ(よいしょ)

こんな写真撮りたかったんです。
楽しい~!!



8月中旬から、U-10となったチームでの練習が始まり、今週末にクラブ内での練習試合。
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前シーズンから、各プレイヤーの出場時間が多くなるようにという名目で、選手のシャッフルが
行われ、殆ど他のチームに入れられて、自分のチームではプレイできなかった翼だが、
今シーズンから正式に別のチームに登録されていた。

つまり、今までの一軍チームから、二軍チーム落ちである。


二軍チームの中では、よく動き、プレイも“出来る”方の翼だが、この一軍と二軍チームの
間のレベルの差はかなりのものがある。
動きが全く違うのである。

もう筋肉の発達具合から違うというか、日本人同士に比べ、こちらの子供たちは、
成長、運動レベルの差の開きが大きいのかなぁ、という印象である。


一軍のチームは、翼が7歳のとき、他のサッカークラブで出会い、入ることになった
チームが元になったチームである。
(脱退、加入などで、当時から残っているオリジナルメンバーは3人であるが)

そのときからずっと、Z君のお父さんがチームのマネージャーをしている。

そこから、自発的ではなく、別のチームに移ることになったのは翼のみ。
元いたチームを見かけると、少し寂しい気持ちになる。



この日の練習試合は、昼の1時から。
暑かった(><)

コーチによる指導をはさみながらの試合だった。
“Get organized!“という指示がよく聞こえてきた。


これまではそれほど感じなかったが、翼の背が周りの子供たちに比べると、小さい方だな
と感じた。

翼もグングン背が伸びていて、少し久しぶりに会う人には、必ずといっていいほど、
そのことを指摘されるのだが。

他の子供たちもそれに勝る勢いで成長しているのだろう。
その度合いもやはり、日本人とはまた違うのかもしれない。

この集団の中では、誕生日の区切りの関係で、翼の生まれはかなり遅い方ではあるのだが。




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試合後、パパからのアドバイス。

「動きは悪くないよ。ただ、玉際が弱い。ボールや相手選手を前にして、体が
ひいてしまっている。もっと前に重心を持っていかなきゃ。」

翼 「はい。」


この後、すぐに補習校へ戻った。
試合会場に来るまでの車の中で食べ切れなかったお弁当の続きを、かきこみながら。




夕方から、コミュニティーのプールへ。
パパと水泳の練習。翼、平泳ぎに初挑戦してみる。

う~ん・・・

大地は、なぜか、今日は頑なに顔を水につけて泳ぐことを拒否していた。

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深さの表示を常に気にして、自分の足がつく場所かどうか、慎重な大地。

しかし、遊びに夢中になっているうちに、つい深みにはまって溺れそうになった瞬間が
あったらしい。


意気消沈・・・

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復活。
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翼と同じ学年の友達の家族が来ていて、一緒に遊び始め大盛り上がり。
私も、そのお母さんと沢山話せて、楽しかった。
また一緒に遊びましょうということになった。
これから交流が始まって、続いていけばいいなと思う。


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