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ハロウィン本番の数日前には、これまた恒例となったバイオリンのハロウィン・イベント
(Spooky Suzuki)に参加。(昨年の様子はこちら

これまた昨年と同じく、翼のピアノレッスンと重なったので、まず翼をピアノの先生宅に
連れて行き、お迎えはダンナにお願いし、私と大地はイベントの会場へ。

郊外からヒューストン中心部へ、そこからまた郊外へ、とハイウェイを
ガンガン走り回る日。




ここでも、もちろん(?)大地はコスチュームを拒否


小一時間、子供たちはステージで即席のパフォーマンスのためのリハーサル。
親たちは別室へ。



再び合流して、パフォーマンスが始まりました。

先生が語るユーモラスなストーリーの途中途中で、曲を演奏したり、効果音を鳴らす、
という形式です。


大地、しっかりやっていました(^^)
が、相変わらず表情固すぎです (´-`) 

2010.10.31 185



この姿でのバイオリン弾きは、かなり不気味 ( ̄∇ ̄)
2010.10.31 188


大地の先生はこちら。ステキでしょ( ̄ー ̄)
20101031.jpg



ここでは、夏のバイオリン・キャンプで知り合った家族との再会もありました。
そのお母さんは大地の名前も覚えていてくれていて。

姉弟でバイオリンをやっていて、弟君は大地と同じくらいの年の活発系な子で、
キャンプでも遊んで盛り上がっていたので、お友達になって今後もお付き合い
できればいいのですが、住んでいるのはヒューストンとは言え、うちからは多分
1時間以上かかる遠く離れたエリア。残念。

このイベントにも、1時間以上かけて来たはずだし、来年のキャンプにも参加させたい、
と言うくらいなので、非常に熱心な家庭なのだろうなぁ、と思います。




途中からは、なぜかフードをかぶった大地。

2010.10.31 192


この日、これからバイオリンをお子さんに習わせることを考えている日本人のお友達家族も
見学に来ていたのですが、後から、

「もしかして、ねずみ男の扮装・・・?と思った」

と言われた大地です。 (´-`) 




ところで、最初に別室に集まった親たちが何をしていたかというと、飲み物とお菓子を
つまみながらの座談会でした。

30人くらいの親たちが、司会役の先生の進行に沿って、

“Suzuki Parentsであることの楽しさ” とか、
“子供にバイオリンを習わせていて思うこと” とか、
“練習のアイデア” 

などを自由に発言していきます。

うわ~、これはハイレベルなシチュエーションだ。



私も言う内容はあるけどなぁ・・・これを瞬時に英語でまとめて発言するとなると。


意欲的に発言する親は限られていて、同じ人が何度も発言したりしていて、その他の人は
発言する気なし、同じアジア系のお母さんなんか居眠りしてるし、という状況で、
私も絶対発言しなきゃいけない雰囲気は全くなかったのだけど。


あぁ、でもせっかくの機会だし、このまま黙って終わったら、なんか後悔しそう。


悶々として、タイミングを見計らって時間が過ぎ、最後の方にやっと、エイっと挙手。

「はい、どうぞ(^^)」

ヒェ~!



“私はアメリカでSuzuki parentsであることをとても楽しんでいます。というのも、私は
日本出身ですが、日本では鈴木メソードはアメリカほどにはメジャーではないので、
アメリカに来て、ここまで鈴木メソードが広く受け入れられ、非常にリスペクトされて
いることにとても驚いたのです。

私が興味深く思うのは、アメリカの鈴木メソードで出会う先生達の素晴しさです。
忍耐強く、ユーモアの精神に溢れ、教え方、子供への接し方が本当に素晴しい。
私自身は子供の頃、日本でピアノを習っていましたが、先生のタイプは全く違い、
とにかく厳しく、レッスン中に先生も生徒も笑顔など全くなく、レッスンは憂鬱でした。
同年代でピアノを習っていた友人などに聞いても、皆そういう感じだったと言います。
そんな日本から伝わったメソードなのに、そこが不思議だな、と思うんです。

うちの子のS先生のレッスンも、その点で毎回私は感心してしまうのですが、
これはSuzukiのPhilosophyからくるものなのか、それとも、アメリカ人の性質から
くるものなのか、どちらなんだろう、と・・・“



というようなことを、少々理路不整然、詰まりながらも必死で発言。



すると、司会役の先生、

「Suzuki のphilosophy でしょう。」

と即答。



自分の親もバイオリン教師だったけど、traditionalで厳しいタイプだった、と。

それから、日本とアメリカとSuzuki のphilosophy について何か話していたように思うのですが、
スピーチに心拍数上がってしまい、よく耳に入って来ず。



しかし、その「Suzuki のphilosophy でしょう」という答えは、予想通りでもあるけど、
少し意外でもあった。

私には、やはり、ここアメリカで見てきた先生達の特徴が、Suzuki のphilosophyだけに
拠るとは思えないところがあるから。

日本で子供たちに楽器を習わせた経験はないし、日本の”スズキ“も経験ないし、本当に
私の印象と推測でしかないのだけど・・・。


日本では(私から見ると)それほど浸透していない(しなかった)のに、
アメリカでここまで(私から見ると)熱狂的に受け入れられ、
その精神を受け継いだ素晴しい指導者が次々と生まれている背景には、やはり、
アメリカ人の文化や性質に、それを受け入れやすい素養があるからなのでは・・・という
思いがずっとある。

でもそれは多分、この司会役の先生含め、反対に日本を知らない人に理解できるように
伝えるのは、また難しいことだな、と。



・・・なんてことを考えたSpooky Suzuki Day でした。



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