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2年前の日記から。

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翼、小学校(キンダーガートゥン)へ初登校。

1.30.3


クラスに案内された時から、もうママにくっついてグズリモード。

先生に少しだけ一緒にいていい、と言われ、そのうち、頃合を見て先生が

「皆さん!新しいお友達を紹介します!」

とクラスに呼びかけ、私に小声で、「今がいいでしょう」
私を掴もうとするハルを振りほどき、先生に託して退散。

その後、どうなったか、今頃どうしてるか、と家にいても気になって仕方が
なかったが、お迎えに行くと、意外とすっきりした表情。
学校のトレーナを着せてもらって、お弁当は全部食べて、借りたのだろうか、
絵本1冊と、何枚かの作品を持ち帰ってきた。

全く言葉も右も左も分からないなかでも、こうやって、なんとか頑張ってきた
のだと思うと、何だか胸が一杯に。
made a graph とあるのは先生の字だが、名前 は自分で書いたらしい。
1.30.1

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意外と大丈夫そうに思えた初日ですが、この後、数週間、私との別れ際に
泣いてグズってしがみつき、教室へ行かせる、あるいはバスに乗り込ませる
のが大変な日が、断続的にありました。

すんなり行けるようになって”慣れたのかな?”と思うと、また次の日は
ダメだったり。

毎日一回は、暗い顔で「今日学校行かない・・」と言っていましたが、
休ませることはしませんでした。
学校でも、この頃は、毎日泣いてしまっていたようです。
日本人は、翼以外に、5年生に一人いるだけでした。
先生が気を使って、その子を呼んでくれて、その子が日本語で「大丈夫?」
などと声をかけてくれたそうですが、多分何も答えなかったのだろうと
思います。

かわいそうではありましたが、とにかく、学校と英語に早くなれ、お友達を作って、
楽しいと思えることを作ることが一番だと思っていました。

自分の教室から、時間になると、呼ばれてESLのクラスに通っている
ようでした。
(渡米時、英語は全く分からず、話せませんでした。)

教室で何か課題をやるときには、日本語を書いていました。
(赴任が決まってから、まず英語ではなく、日本語を書く練習をさせました。)

よく書かれていたのは、「まま」「ぱぱ」「ままだいすき」・・・

どんな気持ちで書いていたのかと思うと、胸が詰まりますが、それでも
見よう見まねで、ちょっとずつ英語も書いていました。

1.30.4

訳わからないなりにも、毎日、なにかしら、その日やった課題、作品などを
持ち帰ってきました。


日本の保育園での、遊んで、食べて、昼寝して、遊んで・・・の生活から一転、
8時20分から3時20分までの授業を受けて、16時頃帰宅、という生活に。

1.30.5

夕方には疲れて、寝てしまっていました。


同じような境遇の子供たちの殆どが経験する試練の時期でした。

結局、この後約10ヶ月、学校で声が出せず、(歌のときだけは、ある時点から
声が出るようになったが)、つい泣いてしまう日々が続いたのでした・・・



2年経ち、今では、もし新しく日本から来る子がいたら、
「オレがヘルプできる!!」と自信満々で言える翼です。


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(北米)

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